赤の行方知るは西方、が東方に渡すを続ける
2007年1月11日 日常もう夏に向かっているのか、という疑問は生まれる。
冬至の日を思い出せば疑問は死ぬ。あるいは他人の教えで。
否。皆無。
と、続けて言ってみた。なんだか英単語っぽく聞こえてくる。
日本発の言葉にならないかな、と机で考えた。
区切りで物事を考えること。季節とか。
区切ると把握しやすい、考えられること。―な時期とか。
そこで「今年もまた―か」という言葉が多発する日常的思考。そんな時期だ。
ある出来事に連動、誘発。ロード、トラウマ。
明日は、今日は金曜日で。日越しながら浸かっている48時間という1日。区切られている「1日」、を崩壊させる生活習慣だ。
睡眠時間。否。皆無。
きっと明日は良い1日で。
売り切れていた本も売っているはずだ。
水を飲めなかった緑のやつも、明日こそ気づかれんだ。
安心、安心。
冬至の日を思い出せば疑問は死ぬ。あるいは他人の教えで。
否。皆無。
と、続けて言ってみた。なんだか英単語っぽく聞こえてくる。
日本発の言葉にならないかな、と机で考えた。
区切りで物事を考えること。季節とか。
区切ると把握しやすい、考えられること。―な時期とか。
そこで「今年もまた―か」という言葉が多発する日常的思考。そんな時期だ。
ある出来事に連動、誘発。ロード、トラウマ。
明日は、今日は金曜日で。日越しながら浸かっている48時間という1日。区切られている「1日」、を崩壊させる生活習慣だ。
睡眠時間。否。皆無。
きっと明日は良い1日で。
売り切れていた本も売っているはずだ。
水を飲めなかった緑のやつも、明日こそ気づかれんだ。
安心、安心。
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